願かけ絵馬の考現学
〜第六十講〜








  江藤の家の
二人共お酒ひ
かえますように

江藤の家の
二人共お酒
ひかえますよう


[大阪市 一心寺]
  第二十七講第二十八講などと同じく、酒封じの神様として一部で信奉される一心寺境内の本田出雲守の墓所に、例のご飯シャモジに書いて奉納されていたものである。
同じ文面のものがふたつ、それもシャモジの木肌の具合からすると、ある程度の期間を置いて奉納されたものに違いない。
問題は、「二人共」という部分であろう。
いや、一人であろうが二人であろうが、また、その一人あるいは二人が、その家庭でどういう立場にあるとしても、酒びたりは良くない訳である。
が、「江藤の家の」と言うところを見ると、この母はその江藤家の人ではないし、江藤家がまったくの赤の他人ということもなかろう。
はっきり言えば、娘の嫁入り先というのが、もっとも妥当な解釈である。
となると、その「二人共」とは、娘とそのご亭主ということにならざるを得ない。
まさか、娘と姑が、ということはあるまい。
娘夫婦が、そろって酒びたりという状況なのである。
これはかなり難儀なことである。
もちろん、娘の旦那がアル中というのも困るし、娘がキッチンドリンカーというのも緊急な対策を要する事態である。
だが、娘夫婦がそろって酩酊三昧というのも、仲が良くていいじゃないかと見過ごせる話でもない。
しかも、その事態は相当長い期間、続いている。
この娘夫婦、歳は幾つくらいか、子どももいるのかどうか不明であるが、実家の母親に一心寺通いをさせてはいけないのである。
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