願かけ絵馬の考現学
〜第二十五講〜








 
2004年はとんちのきいた、
気持ちの良い生活がおくれますように。
家族や大切な人がみんな健康に
楽しくすごせますように。

2004年元旦 
よしこ 
[赤穂市 大石神社
  「とんちのきいた」という、何とも時代錯誤的な表現がほのぼのとして楽しいが、それにしても大石神社とはミスマッチな願い事だと、最初は読んだのである。
ご存知の方もあろうが、この絵馬が奉納されている赤穂市の大石神社というのは、例の忠臣蔵で有名な赤穂浪士、大石内蔵之介をはじめとする四十七義士をお祭りする神社だ。
絵馬にも、表面には討ち入りの絵があり、裏面にも、あらかじめ
「祈 願望成就」
「大石神社 四十七義士 御神前」
と、鮮やかに墨書してある。
そういう神社のそういう絵馬に、「とんちのきいた、気持ちの良い生活」とは…。
普通の人間が二人で話せばそのまま漫才になると言われるほど、関西人独特のユーモアセンスは有名であるが、それにしても、よしこサンなる、おそらくごく平凡な女性が、年頭にあたって「とんちのきいた」生活を願うとは…。
まったくもって、関西人恐るべし、と最初は解釈した訳である。
だが、じっくり考えてみると、どうもそういう解釈は浅過ぎるような気がしてきた。
なぜなら、平凡ではあるが、後半部分がごく真面目な印象で、それを踏まえて前半を読み返すと、また違った意味が浮かび上がってくるのだ。
つまり、「とんちのきいた、気持ちの良い生活」とは、当意即妙、機転の効いた対応で、自分も周囲の人々も気持ち良く過ごせる生活、という意味であろう。
この嫌なご時世、毎日の生活の中で、不愉快なこと腹立たしいことはあるが、それにいちいち目くじら立てて反応するのではなく、頓知、ユーモア感覚をいかした対応をすることで、皆が気持ち良く過ごせるようにしたいという、非常に謙虚で真面目な願いなのだ。
よしこサン、なかなか見上げた人物である。
何歳くらいの女性だろうか?
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