願かけ絵馬の考現学
〜第五十八講〜








  若い頃の性に関する
間違った行動の
厄除・厄払祈願。
田所富美子さんとの
再婚祈願。
○月○日
本田守男
[和歌山市 紀州東照宮]
  願主の本田氏なる御仁が何歳くらいの人か判らないが、長らく一人身の不遇をかこっていたところ、富美子さんなる素敵な女性と巡り合ったという訳であろう。
ぜひ、この話がまとまってほしいという、その気持ちは判る。
しかし、若い頃の自分の経験、自分のしたことに対する、こういう姿勢はいただけない。
「性に関する間違った行動」そのものを非難するつもりはないが、それに対して「厄除」だの「厄払」だのと言うのはいかがなものか。
その「性に関する間違った行動」の相手にも、失礼ではないか。
それとも、その「性に関する間違った行動」(くどいか)は、相手の同意もへったくれもなしに、強引に行われたものだったのか?
となると、余計に「厄除・厄払」などというのは怪しからん話だ。
災厄は、本田氏自身ということになる。
その「性に関する間違った行動」(もういい)の相手から、今、報いを受けてでもいるのだろうか?
その時の相手が、今、生身の人間として邪魔立てするのか、そうではない存在として超自然的な方法で富美子さんとの中を裂こうとするのか?
まあ、いずれにせよ、自分の蒔いた種であるから、自分で何とかするしかあるまいと思う。
単に、妙な病気でももらったというのなら、病院へ行くしかない。
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