願かけ絵馬の考現学
〜第五十一講〜








  家族の健康とネコ・イヌの
すこやかな日々が送れますように
豊かな生活でありますように

山崎佐代子
[福岡市 櫛田神社]
  非常な達筆である。
文字も、文章全体の配置、バランスもすばらしいものであった。
テニヲハが少々おかしいが、それくらいは良しとしよう。
が、「ネコ・イヌ」というのは、何であろうか。
無論、家族とネコ・イヌを同等に扱うなんて、などと言うのではない。
反対である。
今や、ペットは家族同然、大事な伴侶である。
そのすこやかな日々を願う気持ちはよく理解できる。
が、そういう大事な伴侶なら、その名前を書くのが自然のような気がする訳である。
もちろん、家族の名前も書いていないから、ネコ・イヌの名前も書かないのが当たり前、という解釈もあろう。
しかし、ネコ・イヌという普通名詞は、いかにも愛想がなさ過ぎるように思う。
家族は、「家族」で違和感はないが、「ネコ・イヌ」はどうにもしっくり来ないのである。
個人情報の重要性が云々される昨今、たとえ願掛け絵馬と言えども、家族の名前もネコ・イヌの名前も書かないと言うのなら、自分の名前を堂々と書くのも変であろう。
ネコ・イヌの数が多過ぎて、名前などいちいち全部書いてられないのだろうか。
それはともかく、イヌより先にネコが来ているのは、どういう訳だろう。
山崎家における、あるいは山崎佐代子さんの心中における、ネコとイヌの愛玩度の違いであろうか。
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